福島ほろにが会 100回のあゆみ
福島ほろにが会は、1980年に発足して以来、福島を舞台に、人と人、人とまちをつなぐ活動を続けてきました。
はじめは小さな集まりだった私たちも、回を重ねるごとに仲間が増え、気づけば開催も100回を超えるまでになりました。
このページでは、そんな福島ほろにが会の歩みを、時代の流れとともに振り返ります。
「ほろにがくて、ちょうどいい」
そんな大人たちのつながりが、これからも続いていきますように。

福島ほろにが会 25年
福島ほろにが会 アサヒビール(株)
1979年
昭和54年
🔸福島工場(ビール部門)竣工
※1972年同工場(飲料部門)竣工
1980年
昭和55年
🔸福島ほろにが会発足
🔸創立例会を民報ロイヤルホールで開催
1981年
昭和56年
🔸アサヒ本生マイボーイ発売
1982年
昭和57年
🔸村井勉、社長に就任
1983年
昭和58年
🔸「レーベンブロイ」ライセンス生産・販売開始
1984年
昭和59年
1985年
昭和60年
🔸CI導入宣言
1986年
昭和61年
🔸新「アサヒ生ビール」発売
🔸樋口廣太郎、社長に就任
🔸フレッシュローテンション(鮮度訴求活動)開始
1987年
昭和62年
🔸日本初辛口生ビール「アサヒスーパードライ」発売
1988年
昭和63年
🔸吹田に「先人の碑」建立
🔸アサヒビール飲料製造設立(現アサヒ飲料)
1989年
平成元年
🔸「アサヒビール株式会社」に社名変更
🔸東京・吾妻橋に新本部ビル竣工
1990年
平成2年
1991年
平成3年
🔸「アサヒ生ビールZ」発売
🔸茨城工場竣工
1992年
平成4年
🔸瀬戸雄三、社長に就任
🔸フレッシュマネージメント活動開始(鮮度追及を強化)
1993年
平成5年
🔸中国の杭州ビール会社、泉州ビール会社へ経営参加
1994年
平成6年
🔸初の日中共同開発ビール中国で発売
🔸「アサヒスーパードライ」北米で生産開始
1995年
平成7年
🔸「アサヒ生ビール黒生」発売
🔸「ミラースペシャル」発売
🔸中国の北京ビール会社、煙台ビール会社へ経営参加
1996年
平成8年
🔸アサヒ飲料(株)設立
1997年
平成9年
🔸「アサヒスーパードライ」年間No.1ブランド達成
1998年
平成10年
🔸「アサヒスーパードライ」中国で生産開始
🔸新「スタイニー」発売
🔸四国工場竣工
🔸国内ビール売り上げNo.1達成(年間課税数量より)
1999年
平成11年
🔸福地茂雄、社長に就任
2000年
平成12年
🔸「アサヒスーパードライ」チェコで生産開始
2001年
平成13年
🔸発泡酒「アサヒ本生」発売
🔸ニッカウヰスキー(株)と営業部門統合
🔸国内ビール・発泡酒売上でNo.1達成(年間課税数量より)
2002年
平成14年
🔸池田弘一、社長に就任
🔸協和酒類発酵工業(株)から酒類事業譲渡
🔸神奈川工場竣工
🔸アサヒフードアンドヘルスケア(株)設立
🔸オリオンビール(株)と包括業務提携
🔸旭化成(株)から焼酎・低アルコール飲料事業を譲渡
🔸マキシアム・ジャパン(株)と販売 提携
2003年
平成15年
🔸オリオンビール(株)でスーパードライライセンス生産開始
2004年
平成16年
🔸北京に新工場竣工
2005年
平成17年
2006年
平成18年
🔸荻田伍、社長に就任
🔸第100回例会をアサヒビール園四季の里店で開催
社 会
🔸第2次オイルショックが起こる
🔸アジア初の東京サミット開催
🔸巨人軍王貞治選手現役引退
🔸福島大学の移転統合学舎落成
🔸東北新幹線開業(盛岡〜大宮間)
🔸新500円硬貨登場
🔸福島南バイパス全線開通(4号国道)
🔸東京ディズニーランド開園
🔸天皇・皇后両陛下ご来県
🔸ロス五輪開催
🔸新札一万円・福沢、五千円・新渡戸、千円・夏目登場
🔸東北新幹線上野駅乗り入れ
🔸日航ジャンボ機御巣鷹山墜落
🔸男女雇用機会均等法施行
🔸県営あづま球場落成
🔸国鉄分割・JRグループ発足
🔸阿武隈急行線全線開業(福島〜宮城県槻木間)
🔸「ベルリンの壁」崩壊
🔸昭和天皇崩御、平成に改元
🔸土湯トンネル開通
🔸日本人初の宇宙飛行成功
🔸湾岸戦争勃発
🔸皇太子様雅子様ご成婚
🔸福島空港開港
🔸「ふくしま国体」の冬季大会開催
🔸阪神淡路大震災発生
🔸地下鉄サリン事件発生
🔸O-157による食中毒発生
🔸第18回冬季オリンピック 長野大会開催
🔸東海村で国内初の臨界事故
🔸介護保険制度スタート
🔸うつくしま未来博開催
🔸アメリカで同時多発テロ発生
🔸サッカーW杯日韓共同開催
🔸アゴヒゲアザラシのタマちゃん話題に
🔸イラク戦争勃発
🔸阪神タイガース18年ぶり優勝
🔸イチロー大リーグ年間最多安打記録
🔸愛・地球博開催
『福島ほろにが会 100回のあゆみ』(100回記念発行)より











